Shika
本をたくさん読む人には、たくさん読めるような本ばかり読んでいる下品さが漂う。五十人に一人から「君、そういう本読むんだ」と感嘆されるような本を読め(そして友を選べ)。

<5月22日>(火)

○今日はスカイツリーの開業日。筑波山ほど高くはないけれども、高尾山よりは高いという634メートルの鉄塔が誕生しました。ただし高いのは電波塔だけではありません。電気を送る送電塔は、全国いたるところにあるけれども、滅多に人目を引くことはありません。でも、そこには日本ならではの匠の技が働いている。以下は本日、送電線の業界研究会で拝聴した話から。


●全国の送電塔は24万基。送電線網は3800キロに及ぶ。これらを修繕し、古いものや災害で傷んだものを更新していくだけでも大変な労力となる。ところが、鉄塔の上で仕事をできる職人は全国で3000人しかいない。この技能をどうやって次の世代に継承していくかが業界の課題である。

●地形が複雑な日本では、鉄塔を作る工事は手の込んだ作業になる。まっすぐに電線を引ける場所は少ないし、傾いた場所に建てることだってある。危険を伴う上に、けっして実入りのいい仕事ではないが、それでも「地図に残る仕事」であり、「これは自分がやった」と胸を張ることができる。福島原発事故の電気復旧の際には、職員が率先して現場に入った。士気はきわめて高い。

●かつて電力会社が鷹揚に送電網に投資してくれた時代があった。ところが電力会社にも「株主重視経営」が普及するにつれて、インフラ投資にかけられる費用は削減されるようになる。送電線業界にとっては、悩み多き時代の始まりである。

●「3・11」以降はさらに悩みは深まった。電力会社は軒並み赤字になり、なおかつ原発再稼働もめどが立たない。「発送電分離」などという議論も飛び出している。送電部門を分離したら、いったい誰がこの地味な分野に投資するというのか。戦時中に日本発送電という国営企業が、各地域の配電会社に電気を卸していた時代が、いかに非効率であったか。その反省に立つのが、今日の発送配電一体経営であったのだが。

●送電線の職人を維持していくためには、ある程度の仕事量を長期間にわたって保持していくことが望ましい。ちょうど伊勢神宮が20年ごとに遷宮され、そのたびに宮大工たちが仕事の機会を得て、20代~40代~60代と立場を変えて仕事を覚えていくように。


○どこの業界でも、似たようなことで悩んでおられることを痛感しました。電力システム改革の議論は、ちゃんとこういう面をフォローしているんでしょうか。ちょっと心配です。

twinleaves:

バイクと! : セルフで給油口ギリギリまで入れる奴って気持ち悪い
新学期である。事務仕事が目白押しである。

僕には新1年生に対してガイダンス等を行う機会は無いので、
昔筑波大の某哲学系教員が新1年生に対して語った、
重要な警告をここで紹介したいと思う。

それは何かと言うと、
大学に入って一人暮らしを始めた者は今後1年間、
カレーを作ってはならぬ、ということである。

先生によれば、カレーを作ることで精神をやられてしまう人が多いのだとか。

4月はまだいい。新歓春の嵐である。
あらゆるサークルが新入生を獲得しようとキャンペーン中で、
その気になれば毎日のようにいろんなサークルや部活で
ただ飯をおごってもらうことも可能だろう。
周囲もみな、同じ1年生同志友達を作ろうと必死である。
誰とでも明るく仲良く挨拶をする毎日である。

5月連休が過ぎて、やや学内は落ち着いてくる。
学食にも飽きてくる。近所の安い店もあらかた回った。
入学当初から一時お留守になっていた自炊を本格化させてみようか。

そんな軽い気持ちで、経験の浅い若者が安易に選んでしまうのがカレーである。
ちょっと凝って、ルーを2種類入れちゃうことも簡単である。
もっと凝って、トッピングや具を増やすことも楽しい。
せっかくだからとじっくりことこと煮込んでしまうのも常套手段である。

そんなこんなで、1時間以上、下手したら数時間かけて作ったカレーはしかし、
食べてしまえば一瞬である。一瞬で皿が空になる。お代わりしたって同様である。

さみしい。むなしい。なんだか急にテレビもつまらなくなった気がする。
そういえば今日人と話していない。
なんだこの虚無感は。

こうしてまた一人、若者が一人暮らしの罠にはまる。
延々ネットに依存するやも知れぬ。
怪しげな宗教団体も、狙ったようにドアをたたきに来る。
カレーさえ、カレーさえ作っていなければ、
アパートの屋根の上を走る夜風の音がこんなに大きいと気づかずに済んだのに・・・

であるからして、カレーを作って良いのは、
一人暮らしを一年以上経験し、強くなった2年生以上に限定されるのである。

これを僕が聴いたのは2年生の春、
後輩1年生のガイダンス手伝いをしていたときであったが、
さすが哲学の先生は真理をついていると思った。

僕からも新一年生にさらなるアドバイスがある。

それは何かというと、今後一年間、シチューを作ってはならぬということである・・・
カップに熱いコーヒーを注いだ時、表面に小さな泡が立ちます。泡がカップの端にすぐに動いた場合は、12時間後には空がスッキリと晴れ渡っていると予想できます。泡が真ん中に溜まったままの場合は、12時間以内に雨が降るでしょう。泡がゆっくりとカップの端に移動した場合は、お天気はくもりがちかもしれませんが、すぐに晴れます。
便利ですか
「子供が触るとすぐ脱線するのよ、たいへんよ。」
すぐキレるのは
自分の気持ちを表現する適切な言葉を知らないから。
たくさんの本を読んで言葉を知ればストレスは溜まらない。
Fesh 名言集 - 美輪明宏 名言 (via grabbit88) (via golorih) (via usaginobike) (via ishida) (via tayu-tau) (via tamariba) (via yaruo) (via lepsers) (via appbank) (via yokokick)
数年前は宮本輝の小説から生きる希望をもらっていたけど、
いま氏の小説を読むと絶望してしまう。生きていくのがいやになる。
むかしは宮本輝の小説が「ほんとうのようなウソ」に見えた。
よくもこの残酷な現実から美しい造花を作るものかと感嘆、感動した。
でもいまは宮本輝の小説が「真っ赤なウソ」にしか見えない。
少しもほんとうらしく見えない。
もっと言ってしまえば、それは「南無妙法蓮華経」(創価学会)の世界でしょと。
わたしの住むところとは別世界に思えてしまう。
かといって「南無妙法蓮華経」とはいえない。いえないことに絶望する。
相変わらず宮本輝の小説は読み物として十分おもしろい。
才能に畏怖するのはいまも同じである。
しかし、読後、小説と現実の落差に絶望してしまう。
小説が美しいものであればこそ、それに反比例して醜くなる「こちら側の現実」。
するとひたすら「現世利益」をのぞむ小説内の人物にも距離感を覚えるようになる。
「南無妙法蓮華経」といえぬものはどうしたらいいのか。
Q.
息子が「ドグラ・マグラ」という本を持ってます。表紙のイラストが怪しげです。裏表紙に[これを読む者は一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書。]とあり、あらすじ的なことは書いてありません。どんな内容なのでしょう?息子は大丈夫でしょうか?

A.
夢野久作のドグラ・マグラですね。私も読んだことがありますが、精神に異常をきたしたりしておりません。大丈夫です。私も読んだことがありますが、精神に異常をきたしたりしておりません。それは単なるキャッチフレーズです。私も読んだことがありますが、精神に異常をきたしたりしておりません。「日本三大奇書」と呼ばれるもののうちの一つです。私も読んだことがありますが、精神に異常をきたしたりしておりません。記憶を失った男が、自分が精神病院に収容されていることに気づくところからはじまり、それから何だかんだある小説です。推理小説です。私も読んだことがありますが、精神に異常をきたしたりしておりません。
私も読んだことがありますが、精神に異常をきたしたりしておりません。
私も読んだことがありますが、精神に異常をきたしたりしておりません。私も読んだことがありますが、精神に異常をきたしたりしておりません。